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学術的研究
2025.06.05
シモンコライトは、亜鉛、水酸基及び塩素から構成される塩化水酸化亜鉛水和物(化学式:Zn5(OH)8Cl2·(H2O)n)で、塩基性塩化亜鉛または塩化水酸化亜鉛とも称されています。1985年に発見された天然の鉱物でもあります。
シモンコライトは、水及び有機溶媒に不溶の白色結晶粉末であり、結晶は、亜鉛原子を中心とする八面体型錯体と四面体型錯体から構成される層状複水酸化物構造を有しています1)。そして、その層状構造により、様々な分野において応用可能な機能性素材としての特性を有しています。
近年、このシモンコライトの新たな用途や工業的な製造方法に関する研究開発が進められています。
シモンコライトの結晶構造1)
この記事では、シモンコライトに関する学術的研究のうち、育毛分野、皮膚分野、抗菌分野及び消臭分野における研究について、近年に特許出願された研究成果を紹介していきます。
参考文献
1) Qu, S.; Hadjittofis, E.; Malaret, F.; Hallett, J.; Smith, R.; Campbell, K.S. Nanoscale Adv., 2023, DOI:10.1039/D3NA00108C
育毛分野における研究
現代人の薄毛・脱毛の悩みに対して、より安全かつ持続的な育毛効果が求められる中、テイカ製薬株式会社は、亜鉛化合物であるシモンコライトに着目し、独自の育毛研究1)を展開しています。
亜鉛化合物の効能とシモンコライトの課題
近年、ヘアケア・頭皮ケア分野において、亜鉛を含む化合物の効能が種々報告されています。例えば、グルコン酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛などの亜鉛塩が抜け毛の予防や低減に有用であること2)、グルコン酸亜鉛が毛髪にハリ・コシを付与する作用を有すること3)などが報告されています。そして、これらの亜鉛化合物から水中に溶出された亜鉛イオンが、抜け毛の予防または低減、毛髪にハリ・コシを付与する作用に寄与していると考えられています。
一方、シモンコライトは水に不溶であり、水中に溶出する亜鉛イオンの量が非常に微量であることから、当初は、前述の亜鉛化合物のような効能は期待されていませんでした。そのため、ヘアケア・頭皮ケア分野における検討はなされておらず、有効性も不明でした。
さらに、一般的に流通するシモンコライト結晶は、粒子径が大きく、凝集性も有していることから、そのままでは、化粧料原料として用いることは困難であると考えられていました。
シモンコライト結晶の微細化処理
テイカ製薬株式会社は、様々な成分を研究する中で、シモンコライトが育毛成分であるミノキシジルと似た作用を有することを見出しました。それを機に、シモンコライトの育毛ポテンシャルに対する期待が高まり、シモンコライトの課題解決に向けた検討を始めました。
一般的に流通するシモンコライト結晶をそのまま化粧料原料として用いた場合、その粒子径の大きさ(メジアン径(D50):約10 μm)に起因して、使用時の「ざらつき」や白色の「肌残り」が生じますので、シモンコライト結晶をナノレベルのサイズに微細化する微細化処理工程の検討を行いました。
そして、種々検討の結果、シモンコライト結晶※の水スラリーを調整した後に、高圧ホモジナイザー型の湿式微粒化装置に導入し、特定の条件で微細化処理を施すことにより、シモンコライト結晶がナノレベルのサイズに微細化された水スラリーを得ることに成功しました。この時に得られた水スラリー中のシモンコライト結晶の粒子径は、90%累積粒子径(D90)が401 nm、50%累積粒子径(D50)が133 nmでした。これにより、使用時の「ざらつき」や白色の「肌残り」という課題が解決されましたので、この水スラリーを用いて、シモンコライトの育毛促進効果を評価する試験を行いました。
※JFEミネラル株式会社製シモンコライト
ミノキシジルを凌駕するシモンコライトの育毛促進効果
前述のシモンコライト・ナノ結晶の水スラリーについて、ラットから摘出し培養した髭毛包を用いて、育毛促進効果試験を行いました(試験No.4c)。比較対象として、市販シモンコライト(JFEミネラル株式会社製、以下同じ)の水スラリー(4b)、シモンコライト・ナノ結晶の水スラリーの上澄み液(4d)、陽性対照としてのミノキシジル(4e)を用いました。
試験の結果、試験開始から4日目までは、何れの試験群も似たような毛の伸長を示しましたが、試験開始から4日目以降は、市販シモンコライトの水スラリー(4b)及びシモンコライト・ナノ結晶の水スラリー(4c)のみが顕著な毛の伸長を示しました。この伸長効果は、陰性対照(4a)のみならず、陽性対照であるミノキシジルと比べても際立っていました(図1)。
なお、上澄み液(4d)にはこのような際立った効果は認められなかったことから、シモンコライト結晶が示す顕著な毛の伸長効果は、単に水相に溶出した亜鉛イオンの効果によるものではなく、水に不溶の粉末であるシモンコライト結晶に由来する効果であることが推測されます。
[図1]

分散性の改善
シモンコライト結晶をナノレベルのサイズに微細化することにより、使用時のざらつき感と白色の肌残りは解消されましたが、シモンコライト結晶の凝集沈殿が生じることがわかりました。凝集沈殿が生じると、使用する際には、シモンコライト結晶が再分散されるまで容器を激しく振とうしなければならず、手間がかかります。そこで、シモンコライト・ナノ結晶スラリーの分散性を向上させる検討を行いました。
種々の分散剤の添加を検討した結果、ヒドロキシプロピルセルロースやヒドロキシプロピルメチルセルロースを分散剤として用いることにより、分散性が向上することがわかりました。また、ポリエチレングリコールも分散性の向上に効果があることがわかりました。
さらに、分散剤は、スラリーの分散性の向上のみならず、シモンコライト粒子のナノレベルサイズの維持、保存安定性に顕著な効果を示すこともわかりました。
分散剤が配合されたシモンコライト・ナノ結晶スラリーの育毛促進効果
スラリーについて、ラットの髭毛包を用いて、育毛促進効果試験を実施しました(No.2)。陽性対照としてはミノキシジル(No.3)を用いました。
試験の結果、試験開始から5日目以降は、分散剤が配合されたシモンコライト・ナノ結晶スラリーのみが顕著な毛の伸長を示しました。この伸長効果は、陰性対照(No.1)のみならず、陽性対照であるミノキシジル(No.3)と比べても際立っていました(図2)。
[図2]

シモンコライトスラリーの毛髪靭性改善効果
一方、テイカ製薬株式会社は、毛髪物性試験の一つである、毛髪一本曲げ特性試験を行い、シモンコライトスラリーがダメージを受けた毛髪に与える影響についても検討しています。即ち、ブリーチ剤(3%アンモニア水と3%過酸化水素水の1:1混合液)でダメージ処理した毛束を用い、シモンコライトスラリーに2時間浸漬した後の「曲げかたさ(B値)」※1と「曲げ回復性(2HB値)」※2を純水処理(対照)と比較しました(表1、表2)4)。
※1 毛髪を曲げた際のかたさを表します。値が小さいほど柔らかい。
※2 曲げた毛髪が戻る際の力(回復性)を表します。値が小さいほど回復性がよい。
[表1]

[表2]

その結果、シモンコライトスラリーで処理した毛束の5例中3例でB値がより小さく、5例中4例で2HB値がより小さいことがわかりました。このことは、シモンコライトスラリーで処理することにより、毛髪の曲げに対する柔らかさと回復性が改善していることを表しています。このように、シモンコライトには、ダメージを受けた毛髪の靭性を改善する効果があることが明らかとなりました。
まとめ
以上のように、市販のシモンコライト結晶を微細化してナノ結晶スラリーを調製し、さらに、分散剤を添加することによって、使用時のざらつき感と白色の肌残りがなく、良好な分散性と保存安定性を有する化粧料用原料としてのシモンコライト・ナノ結晶スラリーの製造に成功しました。そして、ラットの髭毛包を用いた育毛効果試験を行い、シモンコライト・ナノ結晶スラリーがミノキシジルを上回る育毛促進効果を有することを明らかにしました。
さらに、毛髪一本曲げ特性試験により、シモンコライトスラリーに毛髪靭性改善効果があることも明らかにしました。
参考文献
1) 国際公開2023/074523 「育毛用化粧料、化粧料用原料及び化粧料並びにそれらの製造方法」
2) 特表2016-540806 「ヘアケア組成物」
3) 特許第6797673号 「育毛用組成物」
4) テイカ製薬株式会社:社内データ
皮膚分野における研究
皮膚は人体の第一の防御壁として、物理的・化学的・生物学的ストレスにさらされながらも、生体恒常性を維持する重要な臓器です。乾燥・炎症・外傷・アレルゲンへの暴露といったダメージに加え、皮膚常在菌のバランスの乱れが肌トラブルの根本原因になることも知られています。
近年、JFEミネラル株式会社及びテイカ製薬株式会社による研究を通じて、シモンコライトの皮膚再生効果及び皮膚常在菌に対する作用が明らかにされつつあります。
1.JFEミネラル株式会社:シモンコライトの皮膚再生効果に関する研究1)
創傷治癒における亜鉛イオンの役割
創傷治癒過程では、細胞の活発な増殖と移動が起こることが知られていますが、組織内或いは組織間を細胞が遊走する際には、既存の細胞外マトリックスを局所的に破壊する必要があります。また、創傷部位に組織を再構築するために、新しい細胞外マトリックスの形成も同時に行われます。そして、これらの過程には、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)と組織阻害性メタロプロテアーゼ(TIMPs)という酵素が関与しています。MMPsは細胞外のコラーゲンを分解する酵素であり、TIMPsは、MMPsに対する阻害作用を持ち、MMPsのコラーゲン分解を抑制します。
MMPsの活性部位には亜鉛イオンの結合部位が存在し、亜鉛化合物から遊離した亜鉛イオンとMMPsが結合することで、細胞外マトリックスの破壊が起こり、表皮細胞の遊走が促進されます。
しかし、亜鉛イオンによる創傷治療効果には、亜鉛イオンの至適濃度が存在すると言われています。
JFEミネラル株式会社は、シモンコライトの亜鉛イオン徐放性に着目し、シモンコライトの創傷治療効果を検討しました。
シモンコライトの創傷治癒効果
SDラットの腹側部に表皮~皮下組織に至る直径10 mmの全層欠損創を作成し、シモンコライト粉末をその全層欠損創に塗布し、医療用創傷被覆材であるデュオアクティブで被覆しました。被覆後、1週間後及び2週間後の治癒部位を観察しました。その結果をそれぞれ図1及び図2に示します。
まず1週間後のサンプルでは、創傷部位に白色の組織が認められましたが、シモンコライト粉末を塗布せずデュオアクティブで被覆したのみのコントロールでは、腹膜が明瞭に確認され、傷が治癒していませんでした(図1)。一方、2週間後のサンプルでは、明らかに創傷部位の縮小が観察され、腹膜は認められませんでした。これに対して、シモンコライト粉末を用いないコントロールでは創傷部位の僅かな縮小が認められましたが、腹膜が認められる未治癒部位も観察されました(図2)。

また、1週間後及び2週間後の拡大写真から、初期創傷部位の面積(W0)と治療後の未治癒部位の面積(Wt)を測定し、下記式から再上皮化率を算出しました。
再上皮化率(%)=(W0-Wt)/W0 × 100%
その結果を表1及び図3に示します。サンプルの2週間後の再上皮化率はコントロールの約1.9倍でした。

さらに、1週間及び2週間経過後の組織学的観察結果として、皮膚断面の顕微鏡写真を図4、図5に示します。

1週間後の組織観察(図4):シモンコライト粉末を塗布した場合、コラーゲン、線維芽細胞やマクロファージが認められたことから増殖期であると考えられます。また、白色組織は肉芽組織と考えられますので、白色組織が治癒した組織と判断すると、再上皮化率から、シモンコライト粉末は極めて高い皮膚再生能力を有していると判断できます。
2週間後の組織観察(図5):炎症性細胞の浸潤がなく、肉芽組織(毛細血管とコラーゲン繊維の形成)が観察されたため増殖期の段階であると考えられます。
以上の結果から、シモンコライトは、炎症を引き起こすことなく、皮膚の再生または毛根の再生を行うことが可能な創傷治療材料であることが明らかとなりました。
2.テイカ製薬株式会社:シモンコライトの皮膚常在菌に対する
作用に関する研究2)
体臭等の原因となる皮膚常在菌
ヒトの健常な皮膚表面には皮膚常在菌と呼ばれる微生物による集合体の皮膚常在菌叢が形成されています。皮膚常在菌叢には、皮膚を健やかに保つ働きをする微生物がいる一方で、汗や皮脂に含まれる成分を分解したり、臭気化合物を合成したりすることにより、体臭や頭皮臭を生じさせる原因となるコリネバクテリウム属細菌、モラクセラ属細菌及びマラセチア属真菌といった微生物が含まれています。
シモンコライトの皮膚常在菌に対する抗菌作用
テイカ製薬株式会社は、シモンコライトが、コリネバクテリウム属細菌、モラクセラ属細菌及びマラセチア属真菌といった微生物に対する抗菌作用を有することを見出しました。その抗菌作用の詳細については、次のセクション「Study03 抗菌分野における研究」で紹介します。
シモンコライトによる頭皮ケア
コリネバクテリウム属細菌は頭皮にも常在し、頭皮の慢性的炎症において異常に増殖することがわかっています。また、マラセチア属真菌は、頭皮など皮脂が多い部分に多く生息し、ふけ、かゆみの原因菌であることもわかっています。
テイカ製薬株式会社は、頭皮の健康に深く関与する常在菌のバランスとその異常増殖に着目し、シモンコライトの持つ抗菌作用を利用して、薄毛や頭皮トラブルへの新たなアプローチを模索しています。
参考文献
1) 国際公開2016/199905 「皮膚創傷または皮膚荒れ治療剤」
2) 国際公開2024/224747 「抗菌剤」
抗菌分野における研究
現代社会においては、感染症対策・衛生管理・スキンケア・育毛・消臭などの様々な場面で、安全かつ持続的な抗菌素材が強く求められています。テイカ製薬株式会社は、シモンコライトの新たな機能について鋭意研究を進めた結果、シモンコライトに体臭や頭皮臭、生乾き臭等の原因となる微生物に対する抗菌作用を見出しました1)。
シモンコライトの抗菌作用
テイカ製薬株式会社は、自社で開発した微細化処理技術2)を用いて、JFEミネラル株式会社製のシモンコライトから、シモンコライト・ナノ粒子の水スラリー(50%累積粒子径:D50=160 nm、90%累積粒子径:D90=478 nm)を調製し、皮膚常在菌であるモラクセラ属細菌、コリネバクテリウム属細菌及びマラセチア属真菌に対する抗菌活性を評価しました。その結果、表1に示すように、シモンコライトは、モラクセラ属、コリネバクテリウム属及びマラセチア属の微生物に対し、優れた抗菌活性を有することが明らかとなりました。
[表1]

被験微生物
モラクセラ属細菌 Moraxella osloensis NBRC113899
コリネバクテリウム属細菌 Corynebacterium NBRC15291,Corynebacterium jeikeium JCM9384
マセラチア属真菌 Malassezia furfur NBRC10987
培地
培地A ミューラーヒントン寒天培地
培地B 5%緬用脱繊維血添加コロンビア寒天培地
培地C クロモアガーマラセチア/カンジダ生培地
次いで、コリネバクテリウム属細菌、モラクセラ属細菌及びスタフィロコッカス属細菌(黄色ブドウ球菌)に対するシモンコライトの微量液体希釈法による最小発育阻止濃度(MIC)の測定を行いました。また、求めたMICに基づき、次の基準に基づいて抗菌効果の評価を行いました。
「+++」(優れた抗菌効果あり):MICが200 μg/mL未満
「++」(抗菌効果あり):MICが200 μg/mL 以上1000 μg/mL未満
「+」(若干の抗菌効果あり):MICが1000 μg/mL 以上5000 μg/mL未満
「-」(抗菌効果なし):MICが5000 μg/mL 以上
さらに、本MIC測定においては、シモンコライトの粒子径、分散剤の配合、異相体含有が抗菌効果に与える影響についても評価しました。結果を表2に示します。
[表2]

被験微生物
スタフィロコッカス属細菌;Staphylococcus aureus NCTC10788(黄色ブドウ球菌)
コリネバクテリウム属細菌;Corynebacterium striatum NBRC15291、Corynebacterium jeikeium JCM9384
モラクセラ属細菌;Moraxella osloensis NBRC113899
培地
培地D:ミューラーヒントン液体培地
培地E:馬溶血液添加ミューラーヒントン液体培地
サンプル
a:シモンコライト・ナノ粒子の水スラリー(D50=160 nm、D90=478 nm)
b:シモンコライトの水スラリー(D50=13700 nm、D90=144000 nm)
c:ポリエチレングリコール6000を含有したシモンコライト・ナノ粒子の水スラリー(D50=206 nm、D90=444 nm)
d:ヒドロキシプロピルセルロースを含有したシモンコライト・ナノ粒子の水スラリー(D50=152 nm、D90=730 nm)
e:ポリエチレングリコール6000を含有した異相体含有シモンコライト・ナノ粒子の水スラリー(D50=136 nm、D90=907 nm)
以上の結果から、シモンコライトは、黄色ブドウ球菌、コリネバクテリウム属細菌及びモラクセラ属細菌に対し、優れた抗菌効果を有することが明らかとなりました。また、添加したサンプル間(a~e)において、抗菌効果に大きな差は見られませんでしたが、黄色ブドウ球菌に対しては、シモンコライトをナノ粒子とすることにより、抗菌効果が向上することがわかりました。一方、分散剤の配合、異相体含有は、抗菌効果に影響しないこともわかりました。さらに、シモンコライトの水スラリー上澄み液の抗菌作用の評価も行い、その結果、水スラリーの上澄み液には、被験微生物に対する抗菌効果を示せるほどの亜鉛イオンは存在せず、抗菌効果が全くないことがわかりました(表3)。このことから、前述のシモンコライトの水スラリーの抗菌効果は、水スラリー中に遊離した亜鉛イオンによるものではなく、シモンコライトそのものに起因することが明らかとなりました3)。
[表3]

加えて、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、カンジダ(Candida albicans)、クロコウジカビ(Aspergillus brasiliensis)に対するシモンコライトの抗菌効果の評価(菌接種後、0日目、14日目、28日目の生菌数で評価)も行いました。表4にその結果を示します。生菌数の判定結果の表記方法は表5のとおりです。
[表4]

*1: 28日目の生菌数の、試験開始時の菌数に対する百分率
*2: 日本薬局方に定められた判定基準(カテゴリーIB)に準じた判定
[表5]

表4に示したように、シモンコライトは、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、カンジダ及びクロコウジカビに対する抗菌効果を有し、カンジダやクロコウジカビのような真菌に対しても抗菌効果を有することがわかりました。
シモンコライト含有加工製品の抗菌効果
続いて、シモンコライトを含侵させた紙及び布の抗菌効果を評価しました。シモンコライト含有加工対象の「紙」としては、濾紙及び1ドル紙幣を、シモンコライト含有加工対象の「布」としては、セルロース不織布を選択し、それぞれにシモンコライト・ナノ粒子の水スラリーから調製した試験液を含侵させ、黄色ブドウ球菌に対する抗菌効果を評価しました。その結果を表6にまとめていますが、紙製品や布製品にシモンコライトを含有(付着)させることにより、容易に抗菌製品が得られることがわかりました。

まとめ
以上のように、テイカ製薬株式会社におけるシモンコライトの抗菌作用に関する検討により、シモンコライトが、体臭や頭皮臭、生乾き臭等の原因となるコリネバクテリウム属、モラクセラ属及びマラセチア属微生物の活動や増殖を抑制する作用を有していることが明らかとなりました。さらに、抗菌性を付与したい材料や物品にシモンコライトを含有させることにより、抗菌製品を容易に得ることができることもわかりました。
参考文献
1) 国際公開2024/224747 「抗菌剤」
2) 国際公開2023/074523 「育毛用化粧料、化粧料用原料及び化粧料並びにそれらの製造方法」
3) 下記の文献に、亜鉛/酸化亜鉛/シモンコライトの混合物の抗菌活性が報告されており、抗菌メカニズムとして、活性酸素種の生成による酸化ストレスが提唱されています。Baig, M.M.; Hassan, M.; Ali, T.; Asif, H.M.; Asghar, A.; Ullah, S.; Alsafari, I.A.; Zulfiqar, S. Mater. Chem. Phys.2022, 287, 126292
消臭分野における研究
私たちが感じる臭いの多くは、汗や皮脂そのものではなく、それらを皮膚常在菌が分解して生成した揮発性有機化合物(VOC)に由来します。つまり、臭いの発生には「微生物の働き」が深く関わっています。この観点から、臭い対策には「発生源を断つ」=皮膚常在菌の制御が極めて重要となります。
テイカ製薬株式会社は、この点に着目し、シモンコライトの抗菌活性を活用した消臭に関する研究を進めています1)。一方、井上石灰工業株式会社は、シモンコライトの結晶構造に着目し、臭い成分を物理吸着により捕捉する消臭材に関する研究を行っています2)。
1.テイカ製薬株式会社における研究
コリネバクテリウム属細菌、モラクセラ属細菌及びマラセチア属真菌は皮膚に常在する微生物であり、体臭や頭皮臭などを生じさせる原因微生物として知られています。コリネバクテリウム属細菌は腋臭を生じさせる原因菌として知られており、加齢臭や頭皮臭、足臭の原因となる場合もあります。また、モラクセラ属細菌は、洗濯物の生乾き臭の原因菌です。そして、マラセチア属真菌は、頭皮で過多に増殖すると脂漏性脱毛症を引き起こすことが知られており、頭皮臭及び頭皮のふけ、かゆみの原因となることが知られています。
テイカ製薬株式会社は、この種の微生物の増殖や活動を抑制することによって、体臭や頭皮臭、生乾き臭を抑制する技術の開発を進めており、前セクション(Study03 抗菌分野における研究)で紹介したようにシモンコライトの抗菌性に関する研究を行っています。そして、シモンコライトの抗菌性を活用して、シモンコライトを消臭素材として用いる検討を行っています。
その研究の中で、シモンコライトを消臭素材として用いる例として、本研究用に調製したシモンコライト・ナノ粒子の水スラリーを、下記のような成分と混合し、デオドラント用化粧料を調製しました。この化粧料は、やや粘度があり、すがすがしい香りの微桃白色懸濁状を呈しています。
ジプロピレングリコール、プロピレングリコール-10メチルグルコース、ブチレングリコール、ビスグリセリルアスコルビン酸、1,2-ヘキサンジオール、グリシン、アルギニン、グリセリン、ヒドロキシエチルセルロース、デキストラン、ヒドロキシプロピルシクロデキストリン、ユズ果実エキス、アカヤジオウ根エキス、アセチルテトラペプチド-3、アカツメクサ花エキス、ビオチン、リボフラビン、ピリドキシンHCl、グリチルリチン酸ジカリウム、アセチルヒアルロン酸ナトリウム、加水分解エラスチン、コレステロール、PEG-40水添ヒマシ油、ミリスチン酸ポリグリセリル-10、ジフェニルジメチコン、ベルガモット果実油、ニュウコウジュ油、ライム果汁、オレンジ果汁、レモン果汁、サンザシエキス、ナツメ果実エキス、グレープフルーツ果実エキス、リンゴ果実エキス |
2.井上石灰工業株式会社における研究
井上石灰工業株式会社は、シモンコライトが1種類の金属元素を有し、層間にカチオン、アニオン及び/または水分子がインターカレートされている水酸化物層(層状複水酸化物構造)を有していることに着目し、その層状複水酸化物構造による悪臭ガスの捕捉について検討しました。
各種悪臭ガスに対する消臭性
シモンコライト六角板結晶を調製し、硫化水素、メチルメルカプタン、アンモニア、トリメチルアミン、イソ吉草酸、イソブタノールに対する消臭性を評価しました。シモンコライト六角板結晶を入れた容器内に、所定の臭気濃度になるように各悪臭溶液を注入し、2時間後の臭気濃度を測定し、対照に対する減少率を消臭率として算出しました。その結果を図1に示します。
図1から明らかなように、シモンコライトには、硫黄系臭い成分、窒素系臭い成分、酸性系臭い成分、アルコール系臭い成分に対して幅広い消臭作用があることがわかりました。

臭気濃度 硫化水素:10 ppm メチルメルカプタン:20 ppm アンモニア:15 ppm トリメチルアミン:25 ppm イソ吉草酸:40 ppm イソブタノール:80 ppm |
また、同様に、シモンコライト六角板結晶の硫化水素、メチルメルカプタン、イソ吉草酸に対する消臭率を活性炭(株式会社クラレ製クラレコールKW)及び無機系消臭剤(東亞合成株式会社製ケスモンNS-10、有効成分:リン酸ジルコニウム)と比較しました。その結果を図2に示します。
図2から明らかなように、シモンコライトは、硫黄系臭い成分、酸性系臭い成分に対して活性炭と同等以上の消臭効果を示しました。また、無機系消臭剤であるケスモンが硫黄系臭い成分に対して全く効果がなかったのに対して、シモンコライトは、ほぼ完全な消臭効果を示しました。
[図2]

さらに、シモンコライトを消臭成分とした消臭ゲルを調製し、硫化水素、アンモニア、トリメチルアミン、イソ吉草酸に対する消臭率を、活性炭を含む消臭ゲルと比較しました。その結果を図3に示します。
図3から明らかなように、シモンコライトを含む消臭ゲルは、硫化水素、アンモニア、トリメチルアミン、イソ吉草酸の何れに対しても、活性炭を含む消臭ゲルよりも高い消臭効果を示しました。
[図3]

粉体ではほとんどなかった差が、ゲル状にすることによって大きな差になったことは、高い表面積を有する活性炭がゲルで覆われ十分に消臭効果を発現できなかったのに対し、シモンコライトは、広い表面積よりもむしろ層状複水酸化物の層間に臭い成分がインターカレートしたり、硫化物となってトラップされたりすることにより、消臭効果を示したためと推察されています。
一方、シモンコライトの六角板結晶の他に、不定形状晶及び薄片状晶を調製し、結晶形状毎の消臭性の評価を行いました。臭い成分には、アンモニア、トリメチルアミン、硫化水素、メチルメルカプタン、イソ吉草酸、イソブタノールを用い、それぞれの成分に対する消臭率を算出しました。その結果を図4に示します。シモンコライトの結晶形状にかかわらず、同様に高い消臭性を示しました。
[図4]

まとめ
以上の研究成果から、シモンコライトは、少なくとも2つのメカニズムによる消臭効果を持つことがわかります。一方、亜鉛化合物から放出された亜鉛イオンが臭い成分である揮発性の低級脂肪酸を亜鉛塩化することによって消臭効果を発現することが報告されています。さらに、シモンコライトが亜鉛イオンを徐々に持続的に放出する性質を有することやその安全性を考え合わせると、シモンコライトは複合的機能を備えた次世代の消臭素材であると言えます。
参考文献
1) 国際公開2024/224747 「抗菌剤」
2) 特開2022-190968 「消臭剤」