亜鉛とは

亜鉛は体内で作ることができないため、食事からとらなくてはならないもので、必須微量元素と呼ばれる栄養素の1つです。

体中のあらゆる部位にまんべんなく亜鉛が存在しています。体内に存在する亜鉛のうち、60%は筋肉、20〜30%は骨、8%は皮膚や髪の毛に含まれることがわかっており、この割合は体重に対するそれぞれの組織の重さと同等です。

亜鉛の体内分布
Aggett PJ:Aspects of neonatal metabolism of trace metals. Acta Paediatr, 83(Suppl 402):75-82(1994)より作成

亜鉛は、小腸の一部である十二指腸や空腸で吸収されます。亜鉛の1日推定必要量は、男性で8mg/日、女性で6mg/日ですが、食べ物からとった亜鉛は一部しか吸収されません。吸収率は20〜40%で、一緒に食べたものや薬の影響などで吸収率が変わります。

吸収と排泄のバランスが取れる量として、亜鉛の推奨摂取量は男性で10mg/日、女性で8mg/日程度です。亜鉛の過剰摂取はあまり心配する必要がなく、摂取の上限量は35〜45mg/日とされています。令和元年の調査では、男女ともに平均で8mg/日程度の亜鉛が摂取されており、半数の方は亜鉛が十分摂取できているようです。

以下のような方は、亜鉛の摂取が不足しているかもしれません。

  • 加工食品や精製食品、コンビニの弁当などをよく食べている
  • 動物性タンパク質(肉・魚)の摂取量が少ない

日本人は欧米人に比べて亜鉛不足による味覚障害の頻度が高いといわれています。このような点に心当たりのある方は、食生活を見直してみるとよいでしょう。

亜鉛の歴史

亜鉛と銅の合金である真鍮は紀元前から、亜鉛単体では16世紀ごろから、貨幣や器などとして広く使われていました。しかし、亜鉛の栄養素としての重要性がわかってきたのは1960年代になってからです。

ヒトの「亜鉛欠乏症」が見つかったのは、イランやエジプトの一部地域で鉄欠乏性貧血や成長の遅い男性が多かったことがきっかけでした。それまで、動物での亜鉛欠乏症は知られていましたが、ヒトで亜鉛は不足しないものと思われていました。

ヒトでの亜鉛欠乏症が見つかった後、さまざまな病気や症状に亜鉛の不足が関係していることがわかり、亜鉛がヒトに必要な栄養素の1つだという認識が広まったのです。今では、病院で使われる栄養剤や高カロリー輸液の中にも、必要なだけの亜鉛が含まれています。

血液中の亜鉛の濃度は、80〜130μg/dLが基準です。60μg/dL未満の方は、亜鉛欠乏症と言えます。

※日本臨床栄養学会:亜鉛欠乏症の診療指針2018より作成

亜鉛の働き

亜鉛は、食事中のアミノ酸から必要なタンパク質を作ったり、DNAの合成や細胞分裂をしたりするときに使われます。

亜鉛の働き

皮膚や髪の毛を健やかに保つ

皮膚や髪の毛は、とくに細胞分裂がさかんな部位。そのため、細胞分裂を正常におこなって健やかな皮膚や髪の毛を保つためには、亜鉛が必須です。

髪の毛への効果に注目してみましょう。亜鉛には育毛の効果が期待されます。

たとえば、髪の毛の90%近くを占める主成分はケラチンというタンパク質です。このケラチンを体内で合成するときには、亜鉛が使われます。亜鉛が十分でないと、髪の毛が抜けやすくなったり、細くなったりするのです。

また、亜鉛には男性型脱毛症(AGA)の原因として知られる「ジヒドロテストステロン」の量を抑える働きもあります。

男性ホルモンの「テストステロン」は体内で5αリダクターゼという物質と結びつき、筋肉をつけたり男性機能を向上させたりする「ジヒドロテストステロン」に変わります。

亜鉛は、5αリダクターゼの働きを抑える栄養素です。ジヒドロテストステロンは脱毛を起こす作用もあるため、亜鉛をしっかり摂取して5αリダクターゼの働きを抑えることでジヒドロテストステロンが減少し、脱毛抑制に繋がります。

ストレスが脱毛に関係すると聞いたことがあるでしょうか。心身にストレスがかかると、ストレスに対抗するために肝臓で「メタロチオネイン」というタンパク質が作られます。メタロチオネインは、体内では亜鉛とくっついて存在する物質。メタロチオネインの量が増えると亜鉛の必要量が増え、亜鉛不足につながり、髪の毛にダメージを与えることになるのです。

毛内亜鉛濃度の年齢推移
ANTI-AGING MEDICINE 4(1),38-42,2007. より改変

亜鉛が不足すると

亜鉛は、食事中のアミノ酸から必要なタンパク質を作ったり、DNAの合成や細胞分裂をしたりするときに使われます。

皮膚炎

褥瘡(じょくそう:床ずれのこと)や嚢胞性ざ瘡(のうほうせいざそう:赤ニキビのこと)の症状が悪化している方は、血液中の亜鉛濃度が低いことがわかっています。また、乳幼児によくみられる口や目の周囲などの皮膚炎も、亜鉛不足が関連した症状です。

脱毛

亜鉛不足が起こる原因はわかっていませんが、脱毛症の方は血液中の亜鉛濃度が低い場合が多いです。脱毛は、毛包周辺の皮膚障害が原因と考えられています。毛包というのは毛の根元で新しい毛が作られる部分のことです。

貧血

亜鉛は、酸素を運ぶ赤血球をつくるのに必要不可欠な成分です。亜鉛が不足すると赤血球の数が不足し、貧血となります。スポーツ選手は、汗や尿からたくさん亜鉛が排泄されるため、亜鉛欠乏性貧血を起こす頻度が高いです。

味覚障害

舌に存在する味覚を感じる細胞(味蕾:みらい)には、亜鉛が豊富に含まれています。亜鉛が不足すると味蕾の形状が変化し、味を感じにくくなってしまうのです。

食欲低下

亜鉛が不足すると胃腸の粘膜が萎縮し、胃酸などの消化液が減少する・胃腸の動きが悪くなるなどの変化が起こります。そうすると、胃もたれや食欲低下が起こり、さらに亜鉛が不足するという悪循環におちいりがちです。

下痢

さらに亜鉛不足が深刻になると、腸の粘膜が萎縮して栄養素の消化や吸収に支障が生じ、下痢を起こします。

腸の表面の細胞同士の繋がりが脆くなり、バリア機能も低下します。腸内に小さな穴がたくさん空いたような状態です。すると、毒素や未消化の食べ物が体内に取り込まれ、下痢や腹痛、疲れといった症状を呈する「リーキーガット症候群」を起こすかもしれません。

骨粗鬆症

通常、骨では古い骨を溶かす「骨吸収」と新しい骨をつくる「骨形成」がバランスよくおこなわれ、骨の健康が保たれています。亜鉛が不足すると骨形成がうまくおこなわれず、骨が脆くなることがわかっています。

性腺機能不全

亜鉛が不足すると、とくに男性で性腺の機能不全が生じます。精液中の亜鉛濃度が低いことが、男性不妊に関連するのです。ただし、2020年の米国国立小児保健発達研究所の発表によると、不妊治療中の男性に亜鉛のサプリメントを摂取させても、精子の動きや形に変化はなかったそうで、男性不妊と亜鉛の関係については今後の研究が待たれます。


参考

・富田 寛. 「亜鉛」研究の歴史と展開. ビタミン 75巻 12号 (12月) 2001.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/vso/75/12/75_KJ00003878742/_pdf

・日本臨床栄養学会. 亜鉛欠乏症の診療指針2018

・厚生労働省. 令和元年国民栄養・健康調査
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html

・小関 至 他. 亜鉛欠乏と慢性肝疾患. 日消誌 2020; 117: 606-618.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/117/7/117_606/_pdf